みなさま「アルカスイス」という言葉を聞いた事がありますか?
趣味がカメラという方でしたら一度や二度は耳にしたことがあると思います。
でもアルカスイスって何なの?って聞かれたら自信をもって答えられる方は少ないのではないかと思います。
この記事を読めばアルカスイス初心者だったあなたが「アルカスイスとはこういう物だよっ!」と自信をもって答えられるようになります。
長くなりますが、ぜひ最後までお付き合いください。
ようこそアルカスイスの世界へ!
初心者向けに書いた訳ではないので、マニアの方も読んでほしいです。
アルカスイスとは何か?
いきなり記事が終わっちゃいそうな見出しですが、安心してください。この疑問の回答は、物語のほんの序章に過ぎません。
アルカスイスとは「アルカスイスインターナショナル」という名前の企業名であり、現在フランスのブザンソンに本拠を置くカメラメーカーです。
アルカスイス社の歴史
1926年…スイス チューリッヒに、アルフレッド オシュヴァルトが「アルカスイス」社を設立。
アルフレッド オシュヴァルトが退社後、その兄弟が会社を引き継ぎ、カメラの修理工場を立ち上げる。
1950年代…プロ用カメラの開発・販売。
1964年…自社カメラ用の自由雲台を開発・販売。
1984年…Philippe Vogt社に買収される。
1990年代…自由雲台 B-1のヒット。1989年にリニューアルされたB-1が世界的に普及し始める。
1999年…本社をフランスのブザンソンに移転、「アルカスイスインターナショナル」社を設立。
現在に至る
アルカスイスとはカメラメーカーである
みなさまがお使いのカメラのメーカーはどこのものでしょうか?
Nikon?Canon?SONY?それともFUJI?
翔太くんはNikon Z6II、拓也くんはSONY α7 IV、健太くんはCanon EOS R3、達也くんはARCA-SWISS F-metric のシノゴ。
という感じです。
つまりアルカスイスはニコンやキヤノンと同じく、カメラメーカーの1社であり、現在も変わらずカメラを製造・販売しています。
ご存じない方もいらっしゃるかもしれないので、画像をKPIさんのカタログからお借りしました。

※画像はKPI ARCA-SWISS 「アルカスイスカメラシステム(英文)」PDFより
これがみなさまが何となく聞いたことがあるアルカスイスの正体です。
え?思っていた物、聞いていた物と違う!?
嗚呼たしかにそうでした。
普段、我々がよーく耳にするアルカスイスというのは、こんな変わったカメラではなく、三脚の雲台のクイックシューシステムのことだったはずです。
それではなぜカメラメーカーの企業名がクイックシューの名称となっているのか?
それはアルカスイス社が自社のカメラのレールを保持するために販売していた自由雲台とクイックシューシステムが世界に広まったからです。
ARCA-SWISSプレートの問題
しかしそんなアルカスイス社製のプレートには問題がありました。
雲台に付属していた汎用プレートには分厚いゴムシートが貼られており、カメラボディを傷つけないための配慮なのかもしれませんが、弾力が強すぎて微細なブレの原因となったり、撓(たわ)みやプレートズレを起こすことがありました。

1990年代に販売されていたARCA-SWISS雲台に付属されていた実際のプレート
また、先日の記事でも書きましたが、ひと塊りの金属部品と、数種類のパーツが組み合わさった部品ではどちらが強いか?と問われれば、誰が考えたって答えは簡単で、ひとつの塊の方がガタ付きがなく、強いに決まってます。
クイックシュープレートも同じようにガタ付きの原因となる可能性は否めません。
その事に対して誰よりも不満を抱き、克服した人たちがいました。
アメリカのBryan Geyer(ブライアン・ガイヤー)氏もそのひとりです。
アルカスイス互換メーカーの登場
1990年10月、ARCA-SWISSの自由雲台に取り付けるためのプレートの品質や形状に不満を抱いていたアメリカのBryan Geyer(ブライアン・ガイヤー)氏が、Really Right Stuff(本当に正確なもの)を設立。
歴史的にどのメーカーが先なのか定かではありませんが、ほぼ時を同じくしてKIRK社、Wimberley社など続々とアルカスイス式のクイックシューシステムに影響を受けたメーカーが、アメリカで産声を上げます。
それまでの汎用プレートに当たり前にあった「汎用性」や「ゴムシート」を排除し、市販されているカメラから型を取り、ピッタリ一致するプレートを作ることで、遊びやガタを無くしたのです。
またARCA-SWISS社のプレートをカメラボディに固定するネジはコイン式のマイナスネジでした(六角ネジでもあったので、ソケットで回すこともできました)。

1990年代に販売されていたARCA-SWISS雲台に付属されていた実際のプレート
アメリカメーカーの多くは固定ネジを六角穴付きボルトへ変更、六角レンチを使用して確実に締める方式を採用しました。
実際に機種専用プレートを装着してみると分かりますが、カメラボディと一体化し、少々力を入れてもズレることがありません。
それどころか、従来の雲台では不安定だった縦構図のセッティングが、アルカスイス式のLプレートを装着することによって、雲台に負担を掛けたり、構図を合わせ直す必要がなくなったのです。
アルカスイス式のクイックシューシステムが、ついにねじ式の雲台をメリットで上回った瞬間でした!

Lプレートを使用しない場合、横構図から縦位置に構図変更すると、画角から被写体が消えてしまいます。三脚を右へズラし、高さも変更しなければなりません。しかしLプレートがあれば三脚の位置や高さを変えることなく、素早いセッティングが可能となります。また雲台に負荷が掛からないのでブレに強く、安定した撮影が行えます。
こうしてアルカスイス雲台に互換性を持つ製品はマニアの間で瞬く間に人気を博していきます。
さながらアルカスイスベビーブームの様相は、アメリカだけにとどまらずヨーロッパに波及し、やがてアジア各国にも広がっていきました。
中国メーカーの台頭
しかしその広がりとは裏腹に、ユーザーはクイックシューに対してそこまで熱心ではありませんでした。その理由はアルカスイス互換の製品が安価でなかったことも一因だと思います。
三脚・雲台はカメラやレンズほど売れるものではありませんし、カメラやレンズほどお金を投資する人も少ないのが現実です。
一本買ってしまえば、もうお仕舞いで、壊れない限り買い替えることもありません。
ましてや「ちょっと良いクイックシュー」にまでこだわって高いお金を払う人は少ないでしょう。
そこに現れたのがBENRO・SIRUI・SUNWAYFOTO(現SWFOTO)など、数々の中国メーカーです。欧米メーカーの作る製品によく似た雲台やプレートを、半額どころか1/3以下、物によっては1/10ほどの価格で販売を始めたのです。
日本でアルカスイス互換が流行り始めたのは、2010年前後だったと記憶していますが、当時の製品は、実際にはアルカスイスやRRSの製品には遠く及ばない品質でした。
ここまで急速に広まった理由のひとつとして、雑誌やネットでプロのカメラマンがお墨付きを与えた記事がたくさん掲載された影響が大きかったように思います。
欧米メーカーの安易なコピーは賛否ありますし、手放しで讃えることは出来ませんが、アルカスイス互換がここまで市民権を得たのは、中国メーカーの台頭があったからこそであることは紛れもない事実です。
黒船来航 Peak Design
2010年、アメリカのキックスターターで資金募集を成功させ、一躍その名を世界の写真業界に轟かせたピークデザイン。キャプチャーは革新的で完成度の高いアイテムでした。
そしてそのキャプチャーで使用されているプレートがアルカスイス互換だったため、アルカスイス互換人口を確実に伸ばしました。
Manfrotto Gitzoの参入
三脚では世界的に有名なManfrottoとGitzoが参入したことも、アルカスイス互換の地位を高めたひとつの事件です。
多くのプロカメラマンが愛用している三脚は「Manfrotto」
世界最高の三脚は?と聞かれれば多くのプロカメラマンが「Gitzo」
と答えるでしょう。
プロカメラマンが認める世界の2大メーカー(本当はどちらも同じ会社ですが)が採用したことをきっかけに、初めてアルカスイス互換を意識した方も多かったと思います。
カメラメーカー・レンズメーカーの参入
シグマ・タムロンといったレンズメーカーがリング式の三脚座の底面をアルカスイス互換に対応、ニコンやライカの純正グリップがアルカスイス互換を採用したことも、大きな明るいニュースとなりました。
日本メーカーの動き
SLIKはかなり以前からアルカスイス互換の製品を販売していました。しかしSLIKの中ではかなり地味な存在でしたし、私も持っていましたが海外メーカーとの互換性はかなり怪しいものでした。
とは言え、数年前にはシステム三脚など新しい動きも見えましたし、そろそろ本格的にアルカスイス互換へ動くのではないかと期待しています。
ベルボンはようやくアルカスイス互換化を果たしましたが、ハクバの子会社になってからアルカスイスの話題がめっきり聞こえてこなくなったので、またガラパゴス三脚に戻ってしまうのではないかと心配しています。頑張ってほしいです。
そもそもクイックシューってどんなもの?
今更ですが、なぜ他のクイックシューではなく、アルカスイス式が主流になったのでしょうか?
まずはそもそもクイックシューがどんなものかを知っておく必要があります。
クイックシューというものが、まだ存在していなかった頃(SLIKによると1967年発売のグッドマンエースに搭載されたクイックシューが世界初とされています)は、カメラと三脚を接続するために、カメラ底にある1/4インチの雌ネジ穴と、雲台のカメラ雄ネジをくるくる回して取り付ける必要がありました。
カメラを三脚にセットするためにクルクル。移動するからクルクル回して外して、次のポイントでまたクルクル…。
想像するだけでも面倒くさいですよね。かつては私もクルクルしてましたけど、当時は三脚使うのって面倒臭いなって思っていました。
クイックシューの誕生
「いちいちクルクルするの面倒くさいよ」
そんな声に応えて誕生したのがクイックシューです。
クイックシューは非常に画期的な発明で、あらかじめカメラプレートをカメラに装着しておくことで、雲台にスピーディに装着できるというシステムです。

※スリックのクイックシューシステム。ワンタッチで脱着できます。
このように雲台の受けの部分にプレートを置くだけで、ワンタッチで装着できます。
外す際もレバーを引くだけ。とっても簡単スピーディ!
1970年代からこぞって三脚メーカー各社がクイックシューの開発に乗り出しました。
クイックシューの欠点
しかしそんな画期的なクイックシューにも欠点がたくさんありました。
例えばちょっとでも装着する時の向きが悪いと、ロックが甘くなりガタ付いたり、ロック機構のバネが緩んでしっかり固定できなくなったり、暗闇でパチンッと音が鳴ったから装着できたと思い込んで手を離したらカメラが落下したり…。
クイックシューのロックって、雲台で一番重要だと思うので「向きがちょっと悪かったみたいだね!ちゃんとロックできてなかったよ。HAHAHA!」ではダメなんです。

※ロックレバーが当たる箇所だけ削れて、縦に溝が筋が入っているのが見える
またこのようにロックレバー側は一点、常に同じ場所で固定するため、長年使っている間にその部分だけが削れてしまったり、変形してしまうことがあります。
この変形はガタと呼ばれ、微細なブレにつながる可能性があります。
こういった様々なデメリットがメリットを上回ってしまったため、クイックシューの存在意義を疑問視する声も少なくありませんでした。
アルカスイス互換の正体
先にも書きましたが、アルカスイス社は自社のレール式カメラを装着するためにクランプを考案しました。
その第一の理由は自社カメラのレールを簡単に、前後にスライドできるようにしたかったからだと思います。
そしてこれも憶測ではありますが、アルカスイス社は他のメーカーほど、脱着の素早さに重点を置いていなかったのだと思います。
大きく重い自社カメラを確実にホールドするためには、素早さよりも強固に固定することの方が重要課題だったに違いありません。
そしてアルカスイス社が採用したのが「アリガタ」と「アリミゾ」を使った固定方式でした。
「アリガタ・アリミゾ」は、建築や金属加工の分野でそのように呼ばれており、これらを組み合わせる接合方式は、何と弥生時代の遺構に存在しているとのことで「アリガタ」という名称は昆虫のアリの触角の形(角度)に由来するらしいです。
ただしこのような固定方式はARCA-SWISS社が採用する以前から、天体望遠鏡の固定に使われていたとスタジオJinさんのwebサイトで書かれています。(サイズは異なります)
このスタイルをカメラのクイックシューとして真っ先に取り入れたメーカーが「アルカスイス」社であり、そのアルカスイスを模して様々なメーカーが製造した製品こそ、我々が「アルカスイス互換」と呼んでいるものの正体です。
そしてARCA-SWISS B-1が、1990年代に入って世界各国で人気となり、それら雲台に付属していたプレートが、各社の原型となったのではないかと言われています。

※1990年代に国内で販売されたARCA-SWISS B-2の付属プレートの寸法。
アルカスイス固定方式のメリット
アルカスイス固定方式のメリットは
①ねじ式と比較すると圧倒的にスピーディに脱着できる。
②プレートをスライドさせて重心位置を微調整できる。
③面接触で固定するため特定の箇所だけが削れたり、バネの緩みによって固定部分にガタが出るといった事が起こらない。
大きくこの3点です。
そして互換性に問題がなければ、非常に頑丈で強固に固定できます。
たまに「アルカスイスは構造上、望遠レンズで使うとズレる」といった意見を耳にします。
確かに一見すると、レール式のクランプはスライド方向に対して大きな力が加わった時に、滑ってしまいそうに感じます。
しかし、正しい圧力で締め付けられていれば 、面接触であるため、その摩擦力により数十kgの負荷が掛かったとしても1mmだってズレることはありません。

※吊っているバッグと機材の総重量は11899g。この重量をスライド方向に固定してますがビクともしません。単焦点望遠レンズでも5〜6kgですから「構造上」望遠レンズで使うとズレるという意見は正しいと言えないでしょう。
アルカスイス互換の抱える問題点
業界標準となりつつある「アルカスイス互換」ですが、様々な問題点を抱えているのもまた事実です。
その最大の理由が「規格化されていない」ことです。
つまり幅も高さも角度も、何ひとつ定められた寸法が存在しない。ということです。
また各社「アルカスイスタイプ」「アルカスイススタイル」などと説明文はあれど、ほとんどのメーカーが「アルカスイス互換」とは謳っていません。
そうなんです。我々ユーザーが勝手に頭の中で都合よく翻訳しているだけなんです。
よ〜く考えてみてください。
もし仮にあなたがアルカスイス式のプレートを作る担当者になったとしましょう。
でもアルカスイスには規格が無いので、どこかのメーカーのプレートの寸法を計測しなければいけません。
そこであなたは下の6つのメーカーのプレートを手に入れて採寸することにしました。
一見同じに見えるアルカスイス互換と呼ばれている製品ですが、実際に計測してみたところ、どのメーカーも微妙にサイズが異なりました。
もっとも大きいHejnarPHOTO社ともっとも小さいMarkins社を仮想のクランプ に挟んで比較してみましょう。
すると、びっくり!こんな恐ろしい隙間ができてしまいました!
しかしプレート幅を計測してみたところ、HejnarPHOTOが幅38.14mm、Markinsが37.99mmと、こんな致命的な隙間が生じるような誤差はありませんでした。
なぜこのような微々たる誤差が致命的な互換問題を生むのか?
それは傾斜が始まる高さの違いです。
このように比較してみたら分かりやすいのでは無いかと思います。
それではこの高さの違いがどのような問題を引き起こすか考えてみましょう。
下のように傾斜の始まる高さが異なる2種類のプレートがあるとします。どちらも同じ幅です。
まずは上のプレートにピッタリのアリミゾを用意します。
今度は、そのアリミゾに下のプレートを合わせたら一体どうなるでしょうか?
なんという事でしょう!スッカスカです!
要はこの高さが低い分だけ、ミゾの奥へ奥へ入り込んでしまうのです。これがスッカスカになる一番の原因です。
単位系の違い
さらに問題をややこしくしているのが、アメリカとその他各国の単位系の違いです。
アメリカはヤード・ポンド法が単位として採用されている珍しい国です。1インチは25.4mmと定められています。
対して日本を含むその他の国々(リベリアなど一部の国を除く)では、メートル法が採用されています。
つまり測定したり設計する段階ですでに単位が異なるため、例えばARCA-SWISS社がプレート幅を38mmで設計していたとすると、アメリカのメーカーが測定した時、1.5インチ(38.1mm)となり、わずかな誤差が生じてしまう訳です。
塗装や処理の違い
さらにアルミニウムを黒く染める処理「アルマイト」にも種類があり、標準アルマイトと硬質アルマイトでは皮膜の厚みが異なるため、処理後の厚みがわずかに変わります。
アメリカのメーカーのプレートが総じてヨーロッパ・アジアメーカーよりもわずかに大きかったのは、この単位系とアルマイトの違いだったのではないかと思います。
まとめ:アルカスイス互換をアルカスイス誤解なく使おう!
さて、話しは戻って、プレートを作る担当者となったあなたは、例えばもっともコアなファンが多いとされるReallyRightStuff社の寸法に合わせる事にした。としましょう。
もうこの時点で、その他メーカー各社の製品との互換性はわずかながら無いということを、あなたは知っている訳です。
それなのに堂々と「アルカスイス互換」だと謳うことができますか?
互換性がある!と書いてしまえば、万が一他のメーカーと互換しなかった時に問題となりますよね?
自社製品の組み合わせのみで使うことを前提とし、他社製品との組み合わせで発生するいかなる事故に責任を負わない。そんなメーカーの言い分は、至極真っ当と言えます。
このように各社が発売するアルカスイスタイプの製品を、ユーザーが勝手にアルカスイス互換だと誤解して事故が起きたとしても、それは誤解したユーザーの責任でありメーカーに責任はありません。
ましてや勝手に模倣されて、勝手に名称を使われているだけのARCA-SWISS社に何の責任もないのは明白でしょう。
もちろん、互換性の高い製品同士を組み合わせて使うことは非常に便利です。
私もかなり色々なメーカーの製品を組み合わせて使っています。
現在使っているカメラボディは3機種ですが付けているLブラケットは3機種ともメーカーが違うくらいです。
大事なことは、アルカスイスを誤解なく知っておくことです。
以上の知識を正しく理解しておくことで、アルカスイス互換と呼ばれているモノたちと上手に付き合っていけると思います。


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